二次創作小説「こち亀、大原巡査部長の憂鬱」

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いつもと変わらぬ派出所の風景だった。
両津勘吉は馬券を握りしめ、ラジオ放送を聴いていた。
しかし、狙っていた馬は来なかったようで、馬券は投げ捨てられた。
「あー、ダメだ、ダメだ! 大外れだ!」
大声で叫ぶ両津。
同僚の中川と麗子はいつもと変わらぬその姿を微笑ましく見ていた。
しかし、直後に彼ら三人の表情は凍りつくことになる。
亀有公園前派出所のボス、大原大次郎巡査部長が現れたからである。
「また仕事中に競馬か。そんなに馬が好きならJRAにでも転職したらどうだ?」
「いや、これは、その……いわゆる知的好奇心というやつでありまして……」
しどろもどろになる両津だった。
破天荒な警察官だが、どうしてもこの大原部長には頭が上がらない。
「両津、おまえはすぐに金を欲しがるが、最終的に何をしたいのだ?」
「えっ?」
「おまえはこれまで色々なことに手を出して、時には大儲けなどしたことがあるようだが、そんなに金を手に入れて、何をしたいのだ?」
「そんなの決まっているじゃないですか。欲しいものがなんでも買えるし、うまいものも食べられるし、遊んで暮らせるし……」
両津は変な展開だなと思いながらも、答えた。
「遊んで暮らしているのは、今でもよく似たものだろう? 物だって、借金してでも買っているじゃないか?」
「いや、しかし、私の場合は子供の頃の貧乏体験が物への執着心を高めるんじゃないですかね」
「そうか、では生まれついての大金持ちである中川と麗子くんに聞くが、君たちは大金持ちで幸せか? 望む物すべてを手に入れているように思えるが」
「え、ええ……幸せですよ。次から次へと新しいものが開発されて、欲しくなりますしね」
やや、返答に困る中川だった。
「私の場合も、お金があることで、幸せに生きていられると思っています。心に余裕が持てますし」
麗子も彼女なりに思うところを答えた。
「そうか、それならいいんだ」
そう言うと、大原は一旦奥の部屋に向かった。
三人は顔を見合わせていた。
「今日の部長はなんか変だな」
「何か悩みでもあるのでしょうか?」
「身体の具合でも悪いのかしら……」
三者三様の感想を述べていた。
「悪い宗教にでもハマったのかもな」
両津が冗談めかして言う。
「でも、部長がおっしゃることもわからなくはないですね。僕は生まれついて金持ちだったわけですが、今までその立場に疑問を感じたことがありませんでした」
「圭ちゃん、私もよ。言われてみてドキッとしたわ」
「貧乏人だったワシが金を欲しがるのはわかるが、おまえらはやりたいことなんかほとんどやったんじゃないのか?」
「ま、まあ、言われてみればそうですが、だけど、もっと会社を大きくしたいとか、人に喜んでもらえるプロジェクトだって進めたいですし……」
「私も他人のために何かをしてあげたいと思うことがあるし、幸せを恵まれない人に分けてあげたいと思う気持ちもあるわ」
「チェッ、それならワシだけが欲張りでバカみたいじゃないか」
「でも、先輩だって、今まで何度か大儲けしたことがあるじゃないですか? それで夢を何か叶えられたんじゃないんですか?」
「う、うむ……そう言われてみると何をしたかな……」
両津は自分が札束の海で泳いだり、クルーザーに美女をはべらせて豪遊していた姿を思い出した。しかし、言われてみれば、そんなことが夢だったのだろうか?

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大原部長が奥から出てきた。まだ難しい顔をしていた。
「両津よ、大金を手に入れて、欲しいものをすべて手に入れたとしたら、おまえはどうなるのだ?」
「難しいこと言わないでくださいよ、部長」
「別におまえを責めているわけではない。教えて欲しいのだ。遊びの達人であるおまえなら、何か答えがあるのかと思ってな」
「どうかしたんですか部長? 何か変ですよ」
大原部長は一瞬遠い目をした。
「わからなくなったのだ。もう少しでワシも定年するわけだが、何のために今まで生きて来たのかわからない。なぜ生きているのかもわからない。おまえと違ってワシは真面目に生きて来たわけだが、これは正解だったのか?」
両津も中川も麗子も言葉を失った。
特に両津は衝撃を受けていた。今までずっと刹那的に生きて来た自分だが、その反面教師として大原部長の姿があった。あんな堅物のように生きていて何が楽しいのか。
しかし、その部長が悩んでいる……両津の中で精神の足場が崩れたような気がした。
遊びたいという気持ちは、普段の退屈な仕事を経験しているから生まれる。ずっと遊んでいられたら、それは退屈になるのではないか?
欲しいものが簡単に手に入るなら、それはもう欲しいものではないかもしれない。毎日ステーキを食べていたら、必ず飽きるだろう。たまにはラーメンも食べたくなる。
「ぶ、部長……難しいことを考えるのは辞めましょう。今が楽しければ、それでいいじゃないですか」
苦し紛れに両津は言った。
「おまえは本当に今の状態が楽しいのか? タイガー戦車のプラモをうまく作れたら楽しいか? 作っているうちは楽しくても、出来上がったらそれが何になるのかと虚しくならないか?」
「う……でも、まわりからうまくできたねと褒めてもらえたらうれしいですし、夢中になれた時間は貴重だと思いますし……」
両津は言葉を失った。

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しばしの沈黙があったが、突然の来訪者が沈黙を破る。
「おまわりさん、裏の公園で刃物を持って暴れている男がいる。すぐに来てくれ!」
中年の男が息を切らせて叫んでいた。
両津も大原も中川も麗子も反射的に派出所を飛び出していた。
公園内ではあちこちで悲鳴が聞かれた。
明らかに薬物中毒と思われる男が何か意味不明なことを叫びながら、刃物を振り回していたのである。
ケガ人は今のところいないようだったが、走り回る男に対し、みんな必死で逃げていた。
「両津、なんとかしてあいつを止めるんだ!」
部長が叫んだ。
「承知!」
両津は言うが早いか、拳銃を抜いていた。
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
しかし、男に止まるような素振りはなかった。むしろ、両津に向かって飛びかかってきた。
「この馬鹿野郎が!」
両津は拳銃をすぐさましまい、両手で刃物を持つ相手の手首を掴むと、得意の柔道技で男を投げ飛ばしていた。
刃物が手から離れたのを確認すると、中川が男を押さえつけ、手錠をはめた。
しばらくすると、署からパトカーが来たので身柄を引き渡した。

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「両津、お手柄だったな」
派出所に戻ると、大原が珍しく両津をねぎらった。
始末書も多いが、手柄も多いのが、両津がクビにならない理由だった。
「部長、他人のために役立つのに生きているという答えはダメですかね?」
大原がハッと言う顔をした。
「なんのために生きているのかなんて難しくてわかりませんよ。偉い学者だって答えは出せてないんじゃないですかね。でも、こうやって誰かを助けて喜んでもらえるのって、いいことじゃないですか」
「両津、おまえの言うとおりだ。まさか、おまえから物を教わるときが来るとはな……」
「かっこいいわ、両ちゃん」
麗子が感心したように言った。
中川も頷いていた。
「実はワシの身体からガンが見つかってな……」
大原がつぶやくように言った。一同言葉を失った。
「肺ガンだ。あまりよくない状態らしい。以前はよくタバコを吸っていたからな……ガンが見つかって、死ぬかもと思ったとき、今まで何のために生きて来たのかよくわからなくなったのだ。けれども、両津に言われてわかったよ。今までの生き方は間違っていなかったとな」

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数ヶ月して、大原巡査部長はこの世を去った。
最後は穏やかな表情で逝ったという。
病室では両津のことばかり看護士らに話していたという。
両津は大原の死後、人が変わったかのようにまじめになった。多趣味なのは相変わらずだったが、公私混同を避けるようになった。
一攫千金を狙うようなバクチをしなくもなった。
いた時はあれほど煙たく感じた部長の存在が、いなくなってみると寂しくて仕方がなかった。
今でも、派出所の扉を開けて、部長が甲冑姿で日本刀を両手に持ち、「両津の馬鹿はどこだ!」と叫んで飛び込んで来そうな気がする。
だけど、もう叱ってくれる人はいないのだ。
「部長、もうひとつのほうの答えはわかりませんや」
大金を手に入れて何がしたいのか。そちらの方はまだわからなかった。
だけど、その答えは出さないほうがいいような気がしていた。
人から欲望をなくしたら、それこそ何のために生きているのかわからなくなるのではないか。たとえ、願いは叶わなくても、何かを追いかけて生きているほうが、人はきっと幸せなのだ。
一生何かを追いかけてみようと両津は思っていた。

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