二次創作小説:私の考えた「美味しんぼの最終回」その2

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一週間後、士郎は陶人宅に乗り込み、台所を借りて握り飯を作り上げた。
士郎はチヨを同伴していた。握り飯を握ったのはチヨであった。
「以前、雄山との勝負で握り飯を握るには、形を整えたがる職人より、女性の柔らかさが必要だとわかった。陶人のじいさんの狙いはそこにあるのだろう。見え見えだよ、一泡吹かせてやる」
味見もせず、士郎は自身満々で握り飯を出した。
ゆう子も相伴した。
陶人も先週に出したものと同じ握り飯を用意していた。
「ちがうな」
一口味わっただけで、ろくに比べもせず陶人は言った。
「そりゃ違うだろう。前よりうまいものを持ってきたのだから。米は山形の余目産、塩は……」
「そんなことを言っておるのではない」
「何だって? わかったぞ、あくまで負けを認めないつもりだな」
「ちがう!」
語気を強める陶人。
しかし、士郎が引き下がる様子もない。
「そのとおり、全然ちがうわ」
ゆう子のひとことにふたりは静まった。
「うまくは言えないけど、陶人先生が食べさせてくれたものは、もっと温かみとやわらかさがあった。あなたとおチヨさんが作ったものも、もちろん美味しいには違いがないのだけど……」
「何だよ、君までグルになっているのか?」
「ちがうわよ。あなたも食べ比べてみなさいよ!」
ゆう子にたしなめられて士郎が手を伸ばしたそのときだった。
「愚か者め!」と、天地をひっくり返さんばかりの一喝が場の空気を一転させた。
「海原雄山!」
士郎が敵意をむき出しにして声の主を睨み付けた。
「なぜ、おまえがここにいる! みんなグルになって俺を嵌めようとしていたのか!」
「ちがう。雄山は今日の料理人じゃ。いや、今日だけじゃない。先週、握り飯を作ったのも雄山じゃよ」
ゆう子は驚きを隠せなかった。
雄山はもちろん料理人としても超一流だが、握り飯をあれだけやさしく作り上げることができるとは……
「おまえはやはりまだまだ未熟者よ! 究極のメニューは褒めてやったが、とんだ間違いだった。世間から騒がれて天狗になったおまえに、その握り飯を食べる資格などない!」
雄山が朗々と述べた。
すごい迫力だった。

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「なんなんだ、この握り飯にどんな秘密があるというんだ!」
士郎も雄山の迫力に押されたのか狼狽していた。
「愛情だよ」
淡々と陶人は述べた。
普通に聞いたら照れくさいせりふではあるが、陶人が真剣な顔でいうので誰も茶化しはしない。
「この前の握り飯は握り方も米も塩加減も、すべてそれぞれの好みに合わせて作ったものだ。その日の体調やらすべてを気遣ってな。握り飯のような質素な料理でも愛情ひとつでこれだけ変わるのだ。そこを見抜けなかった士郎、おまえの負けよ」
騒ぎを聞いて、チヨらも台所から駆けつけてきていた。
雄山の姿を見て驚いているようだった。
「チヨもおまえに対してならもっと愛情をこめて握ったかもしれんな。しかし、勝負事と見れば、そこまでの愛情など注げまい。またしても、おまえは味自慢、材料自慢に走り、基本的なことを見逃したのだ」
チヨが少し申し訳なさそうな顔をしたのがゆう子には気の毒だった。
「愛情だと! その男に俺への愛情があるというのか! 俺やおふくろを日々罵り続けて、馬車馬のようにこき使ったこの男に!」
「あなた、それはちがうわ!」
「ちがうものか!」
「ちがうわ! よく考えてみて、それならどうしてあなたのお母さんは雄山先生に料理を作り続けたの? 愛情を感じない人に、先生を満足させるほどの料理を作り続けることなどできる?」
士郎は明らかに狼狽していた。
こぶしを強く握り締め、汗が噴出している。
無理もなかった。
これまで彼を駆り立てていたのは父への憎しみであるのだ。
「あなたのお父さんはあなたに対して、こんなすばらしい料理が作れるのよ……」
ゆう子の声は知らず知らずのうちに涙混じりになっていた。
「フン……くだらん。私は陶人先生に言われて握り飯を握っただけのこと。誰であれ、料理は最高の物を出すそれだけのことだ」
雄山は退出しようとしていた。
しかし、陶人がそれをさえぎった。
「待て、雄山。おまえにも言いたいことがある」
「先生……」
「この料理をおまえに出させた意味はわかっているな。おまえもこの課題を果たすことができなかった。おまえも士郎と同じように味自慢、材料自慢に走り、同じ物を出せたのは半年後のことじゃった」
珍しく雄山もやりこめられていた。
陶人の迫力はいつもと違った。
「士郎、よく聞け。雄山が同じような握り飯を作れるようになったのはおまえの母と出会ったからじゃ。わしの課題を解けずに自暴自棄になっていた雄山に、おまえの母は一杯の茶を出した。雄山の体調と精神に気を配った茶をな。そのときに雄山は自分に足りないものに気づいたのじゃ」
愛情といえば抽象的に聞こえるが、そういわれてみるとゆう子にもわかる気がした。
「おまえの母は身寄りがなくて、わしのところで預かっていた女じゃった。そのせいかどうかはわからんが、人に対して心配りができる女じゃった。雄山もそこに惚れたのだろう」
ゆう子には雄山が一瞬、顔を赤らめたように見えた。
「それだけではない。この海原雄山という男、この男もまた父親を憎んでおったのじゃ。父親と喧嘩をし、田舎を飛び出してきて無頼でおったのを、わしがたまたま才能を見抜いて弟子にしたのじゃ」
初めて聞く話であった。
ゆう子だけでなく、士郎もそうであったらしい。
半ば呆然とした表情であった。
「その頃の雄山は士郎にそっくりじゃった。意地っ張りで、ひねくれていて、大物ぶっているが中身がない。才能がないわけではないが、心がないから少しも認められない」
いつもは尊大な雄山であるが、今は借りてきた猫のようにおとなしい。
「もしかして、先生は今と同じことを……」
ゆう子は恐る恐る聞いてみた。
「ほほ、そのとおりじゃよ。雄山の両親に握り飯を作らせたが、この罰当たり者はまったく気づかなかった」
そのとき、ゆう子は気づいた。
雄山から見れば、見え見えの芝居になぜ今付き合っているのか。
それは……
「雄山の父母は士郎が生まれるより前に亡くなったが、最後は『ありがとう』とわしや雄山に感謝しておったよ。意地っ張りの親子よ、歩み寄れい」
親子ともに何も言わず、目も合わさず、その日は別れた。

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一週間後、美食倶楽部にて陶人と雄山に対し、士郎とゆう子は握り飯を振舞った。
ふたりからの回答だった。
陶人も雄山も手放しで褒め称えた。
その一年後、日本芸術界、料理界に大きな足跡を残した海原雄山が世を去った。
数年前に事故にて全身を強く打った後遺症は彼の体を弱め、病気の侵入を許していたのである。
最後の言葉は「ようやく安心しておまえの元へ行ける……」だった。
雄山の葬儀が片付いた後、士郎とゆう子は東西新聞社を退職した。
美食倶楽部を継ぐためである。
今、海原雄山の意志は、長男士郎と妻ゆう子によって受け継がれている。
伝統を尊重しつつも、時に型破りなことをする彼の姿勢は、父親以上との評価もあり、将来を期待されている。(了)

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