二次創作・ドラえもん小説「出木杉首相とドラえもんの対話」その4

ドラえもん小説
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「出木杉くん、君がそんなに悲観主義な面を持っているとは思わなかったよ」
「一応、僕は政治家だからね。前向きで元気で強気で快活なイメージを持っていないといけないさ。だけど、僕だって木の股から生まれたわけじゃない。怒りもするし、慌てることもあるし、悲しむこともあるさ」
「未来に対して、悲観的なイメージって、何なのさ? 22世紀は豊かで平和な世界だって、実際、君は見たじゃないか。野比家のような家だって、僕のような存在が過去を変えることで、幸せになっている」
「……剛田くんの妹と結婚した野比くん一家はどこへ消えたのだろうね?」
「それは、パラレルワールドになるとしか言いようがないね」
「どこかに借金を背負って苦しんでいる野比くん一家が存在するわけか」
「証明はされていないけどね……それに未来は変わる可能性があると、のび太くん自身が証明しているわけだし」
「ということは、これからまだ未来が変わる可能性もあるわけだ」
「出木杉くん、何を言いたいんだい?」
出木杉は一瞬、目を閉じて何かを考えたようだった。
「人間って、そんな簡単に変われるものかな? 人類の歴史はずっと戦いの歴史だ。人間の本能にはどうしても誰かに勝ちたいという要求がある。過去には社会主義国家なんて理想だけなら素晴らしい社会が実在したけど、結果は君も知っているとおりだ。人間の本能や欲望を抑えるのは不可能だと僕は思っているんだ」
「出木杉くん、君はリアリストな一面も持っていたんだね」
「政治家なんだから、仕方がないさ」
出木杉は腕を組み難しい顔をしていた。
「確かにユートピアは存在するものじゃない。さっきも言ったように22世紀にだって犯罪者がいる。だけど、22世紀は今より平和で豊かな社会であることは保証するよ。もちろん、パラレルワールドにある世界は別だけどさ」
「ありがとう、ドラえもん。少し安心したよ……」
「出木杉くん、少し疲れているんじゃないか?」
「いや、日本国首相が疲れたなんて言ってられないよ……でも、そろそろ、後進に道を譲りたいと思っているのは事実だけどね」
「後進に? 政治の世界では50、60なんてハナタレ小僧っていうじゃない。君はまだ若いし、国民的な人気もあるじゃないか」
出木杉首相の支持率は70%を超えていた。
ドラえもんとのび太の存在によって、科学の力で世の中を便利にし、経済を発展させたことも大きな一因ではあったが、彼自身の高潔な生き方も尊敬されていた。
犬から進化した人間の国、ワンダラー王国を国連に加盟させるなど、外交手腕も高く評価されている。
「人気なんて、すぐに下がるものだよ。確かに僕は国民的人気は高いけれど、政治家や利権団体からは嫌われているし、政権が長くもつとは思えない。けれど、次が誰に変わろうと、日本国首相として、この国を間違った方向に向かわせるわけにはいかない」
出木杉は強く、まっすぐな目をしていた。
この出木杉英才という男は、清濁併せ呑むタイプの政治家ではなかった。
青臭いと言われながらも、正義を貫くタイプの政治家だった。
それは美点でもあり、弱点でもあった。

出木杉は首相官邸の出口まで見送ってくれた。
つづれ屋ホテルからの車が迎えに来ていた。
どこでもドアで簡単に帰れるが、あえて車を使うのがささやかな贅沢というものだ。
「ありがとう、興味深い話をたくさん聞くことができたよ」
出木杉は先程までの厳しい表情を捨て、今は笑顔だった。
「いやいや、いつでも呼んでくれたら話し相手になるよ。エラーが出て話せないこともあるけどね」
「それでもいいよ。また会おう」
車が出され、手をふる出木杉の姿が遠ざかって行った。
車中、ドラえもんは思案していた。
(出来杉くん、ごめんよ。僕はひとつだけ嘘をついてしまった……でも、君は気づいていたんじゃないかな)
日本国の……いや、世界の未来はバラ色というわけではなかった。
出木杉の言う通り、人間の本能や欲望が抑えられるわけではない。
今後、日本だけでなく、世界は科学技術万能の社会を迎えるが、それにより職を失う者が多数出てくる。
これまで裕福な生活をしていた者でさえ、職を失うことになる。
便利な道具が次から次へと発明はされるものの、それが完全に普及するまでには時間がかかる。
それまでの間、どうしても苦しみを感じる人間が現れる。
貧しい者たちには人道的な支援を国がするが、特権階級を失う者たちは国を恨むようになる。
力を持つものは、力によって、特権を守ろうとする。
そして、起こるのが戦争だった。
(君の言う通り、僕を目覚めさせたことで戦争が起こるのなら、僕を目覚めさせたことは正解ではなかったかもしれない……でもね、出来杉くん、人類はそれをも乗り越えるんだよ。君の息子やのび太くんの息子たちが指導者になってね……だけど、僕にはそれを伝える勇気がなかった。)
窓の外には21世紀の街並みが広がっていた。
建設ラッシュが続いているようだった。
やがては、22世紀風の建物が立ち並ぶようになる。
(もしかすると、出木杉くん、今日の僕たちの会話で未来は変わってしまったのかもしれない。戦争の起こる世界はもうパラレルワールドになっているかもしれないね。)
ドラえもんはそう自分に言い聞かせた。
(タイムマシンで22世紀に帰ったら、まずは歴史について調べてみよう。)
21世紀のネオンサインがまぶしい。
ドラえもんは少し眠気を感じ、ホテルに着いたら起こしてくれと、運転手に伝えた。(了)

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