はじめに
私の書くドラえもん小説は、一時期ネット上でも話題になったいわゆる「ドラえもんの最終回」を基本としており、その後の世界の話となっております。
「ドラえもんの最終回」の原作はすでに削除されたようですが、漫画に関してはネットを検索したら今でも見られると思います。また、私も勝手にノベライズしていますので、よかったら読んでみてください→こちら
「出木杉首相とドラえもんとの対話」
首相官邸というだけあって、さすがにセキュリティは高い様子だった。
精悍な顔つきをした武装警官が何人も周辺警備をしていた。
清廉かつスマートな出木杉首相は、国民的な人気は高かったが、同じ党の政治家の不正も許さないところがあったので、敵も多いとは聞いていた。
(通り抜けフープを使えば簡単に入れるのだけどな……)
なんてことを考えてしまったドラえもんではあったが、それは野暮というものだろう。
第一、来賓として招かれているのだから、正面から入るのになんの遠慮もいらない。
警官たちもドラえもんと出木杉首相との関係は知っているので、一応、形式どおりのチェックだけはされたが、不審な目で見られることはなかった。
邸内に入ると、私設秘書という人物が丁寧に迎えてくれた。
その顔にはどこか見覚えがあった。
確か、小学生時代、どうしても出木杉に成績が勝てないものだから、毎晩夜にいたずら電話をかけていたガリベンくんと呼ばれていた男だ。
さすがの出木杉もあのときは成績が落ちるなどスランプになったが、ひみつ道具で正体を暴いたところ、本人も反省しているということだったので、出木杉も寛大な対応をして許してやったはず。
その男を私設秘書にするのだから、出木杉はたいした男だ。
出木杉に見込まれたくらいだから、ガリベンくんも腐らずにその後勉強を頑張ったのだろうか。
廊下には見覚えのある絵が飾ってあった。
今や日本を代表する画家のひとりとなった野比のび助……つまり、のび太のパパの絵だ。
若い頃、一流画家に師事し、フランスへ留学する話もあったというのび太のパパ。
当時は諸事情により断念したが、のび太が経済的にも成功したので、会社を定年間近に辞め、かつての夢であった画業に専念し、彼もまた成功した。
ちなみにのび太は小学校4年時まで幼児並みの絵しか描けなかったが、ロボット工学を極めるには手先の器用さも問われるということで、この分野でも一念発起、父親から手ほどきを受けて上達し、世間に披露はしていないものの、なかなか素晴らしい絵を描けるようになっていた。
元々、射撃とあやとりに関しては天才的であったし、のび太のママも生け花の家元というほどの腕前。
のび太にも美的センスや手先の器用さなどの才能が隠されていたのだろう。
それに気付けなかった自分に少し自己嫌悪を感じるドラえもんだった。
スネ夫の従兄弟の骨川スネ吉はハリウッドを代表する映画監督になっているし、剛田武の妹はヒット作連発の漫画家……みんな立派になったものだと思う。
ガリベンくんは出木杉の待つ部屋の扉を開け、ドラえもんを案内すると去っていった。
すると、ソファに座っていた出木杉が立ち上がり、「やあ、久しぶりだね」と軽く手を挙げて笑顔で語りかけてきた。
「こちらこそ」と、同じように笑顔でドラえもんはあいさつした。
「本来なら、僕から出向かないといけないところなんだけど……」
出木杉がドラえもんに席を案内しながら語りかけた。
高い地位にいるのにおごり高ぶらないのが出木杉の偉いところだ。
首相官邸は立派な建物だったが、ところどころ未完成なところがあった。
壁など壁紙が途中までしか貼られていないところがある。
それは前の首相が金をかけて豪華な官邸を造ろうとしたが、工事発注の際、とある業者が落札するよう便宜を図ったため、逮捕されたからだった。
その不正を追及したのが出木杉で、一躍、名を挙げた彼は、ついには首相の座を手に入れるまでになった。
「いやいや、日本一忙しい人物に出向いてもらうなんてできないよ。それに、どうせ僕は今、暇をしているから気にする必要はないよ」
ドラえもんは現在、ロボット工学博士として忙しいのび太の元を離れ、22世紀へと帰っている。
たまに呼ばれたらこの時代に来ることはあったが、普段は本来の子守用ロボットとして、のび太の子孫セワシの面倒を見ていた。
今回は出木杉からのび太を通じて、「ふたりだけで会いたい」という依頼があったので出向いたのだった。
のび太は研究発表のためアメリカに出かけていたので、「つづれ屋」という日本風ホテルに宿を取ってもらっていた。
かつてはオンボロホテルだったらしいが、現在の社長が、ギャラクシーという大ホテルの令嬢と結婚したのを機に資金を提供してもらい、昭和風、日本風を強調した造りに改造したところ、評判となり、今では世界中から観光客が集まるようになったというホテルである。
いつも21世紀に来た際には、のび太の家か骨川コンツェルン系のホテルに泊まるドラえもんであったが、昭和の日本に触れたいと思ったら、時々利用していた。
席に座ると机の上にどら焼きがあるのがわかった。
勧められたのでひとくち口に入れると、かつて商店街にあった菓子店の味と同じだと気づいた。
昔、「甘すぎるどら焼きは邪道だ」と言って、店主と論争になったことがあったっけ……
しかし、あの店は主人が亡くなって、廃業していたはずだが……
「驚いたかい? 実はあの店の主人には息子さんがいて、親父さんが亡くなったあと、脱サラして店を継いだんだよ。一から修行し直したので、今の味を出すのにかなり時間がかかったらしいのだけど、『ついに親父と同じ味ができたから、ドラえもんに食べてもらいたい』とわざわざ首相官邸にまで送ってきたんだ」
「そうなんだ。確かに親父さんと同じ味だ。この甘すぎないところがいいんだ」
夢中になって、あっという間にふたつを平らげた。
出木杉がもっと持ってこさせようかと尋ねてきたが、それはお土産に包んでくれとお願いした。
「さて……出来杉くん、まさかどら焼きを食べさせるためだけに僕を呼んだわけじゃないだろ?」
出木杉は一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐさま真剣な政治家の顔になった。
「ははは、さすがだね。見破られたか……実は色々と聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと? 僕にかい?」
「そう、日本国首相として、僕には日本国民を導く役目がある」
「確かにそうだね」
「だから、君を再び目覚めさせたのが、本当に良かったのかな……と、今の僕は思っているんだ」
その2へと続く
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