二次創作・ドラえもんの最終回を勝手にノベライズ。その1

ドラえもん小説
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あの一時期ネット上で話題になった「ドラえもんの最終回」の漫画を思いつきでノベライズしてみました。よろしければ読んでみてください。

首相官邸というには、質素な建物だった。
当時の日本国首相、出木杉英才が華美なものを好まなかったからだ。
前任者の首相が大改造を行っている最中に、献金スキャンダルによって退陣したこともあり、壁など半分しか塗られていないところもあったが、出木杉首相は気にしていなかった。
最低限のセキュリティさえ保てればいいという考え方だった。
その首相官邸にはふたりの男が招かれ、液晶テレビに映されたひとりの男性の画像を見ていた。
「それでは、本日のゲスト、ロボット工学の第一人者野比博士です」
「よろしく」
テレビ画面の中では髭面でメガネをかけた実直そうな男が照れくさそうに微笑んでいた。
照れくさそうな笑顔は、子供の頃から少しも変わらない。
「やあ、野比くんだ。今や世界的なロボット工学の権威、たいしたものだね」
「いやいや、出来杉総理こそ」
少し、謙遜気味に出来杉が言うと、チョビ髭で身なりの良い男が追従を述べた。
彼もまた「ひとことで100万ドルを動かす男」と呼ばれる、骨川コンツェルンの総帥、骨川スネ夫という経済界の超大物だった。
「のび太、外国から帰って来てるんだろ? 呼んでやるか?」
スネ夫の隣に座る体格の良い男が、杯を口に運ぶ真似をしながら言った。
彼もまた「剛田デパート」「スーパージャイアンズ」の経営者であり、小さな雑貨店を世界有数の流通グループに仕立てあげ「流通王」の異名をとる剛田武という超大物だった。
余談だが、「郷田武」という芸名で歌手活動も行い、またプロ野球「練馬ジャイアンズ」の名物オーナーとしても有名である。
ふたりは出木杉首相にとって、有力な支援者だった。
政治献金の額もハンパではない。
もちろん、出木杉は多くの政治家と違い、政治献金についてはすべて公開し、適正な処理を行っている。
「いいねえ、久々にドンチャンやるか!?」
スネ夫は相変わらず追従上手であった。
小さいころからその才能は変わらない。
ふたりのやりとりを懐かしく思いながら、出木杉は口を開いた。
「いや、それには及ばない。今日はぜひ、ふたりとだけ話をしたいと思っていたんだ」
出木杉は姿勢を正し、表情を改め、ゆっくりと話しかけた。
「ドラえもんを覚えているかい?」
その固有名詞は長く、彼らにとって禁句だった。
未来からやって来たネコ型ロボットドラえもんは、野比のび太の家に居候し、彼らとともに多感な時期を過ごした仲間だった。
今から思えば、22世紀から来たロボットと普通に暮らしていたことが何の騒ぎにもならず、受け入れられていたことは不思議なことであり、シュールな光景であったが、それでもドラえもんは仲間であり、彼らの保護者であり、なにより、友だちだった。
「忘れるわけないじゃないですか……」
髪型と同様、複雑な言い回しでスネ夫は言った。
激しく反応したのはジャイアンこと剛田武だった。
「あの野郎、急に用事ができたとか言って、未来に帰りやがって……俺たちは一緒に戦った仲間じゃなかったのかよ! せめて、ひとこと断ってから見送らせろって言うんだ!」
巨大なゲンコツで叩かれ、古いテーブルには亀裂が走りそうだった。
癇癪をすぐに起こすのは、武の昔からの気性だった。
慌ててスネ夫が昔の役割と同様、武をなだめる。
しかし、出木杉はひとり冷静だった。
むしろ、ふたりのそんなやりとりさえ懐かしい。
「黙って未来へと『帰った』かはさておき『突然、いなくなった』これは事実……」
出木杉は含みのある言い方をした。
「そして、野比くんの突然の変化……」
「出木杉、何が言いたい?」
癇癪の収まった武が聞いた。
「タイムパラドックスという言葉がある……」

何気ない一日だった。
青い空に白い雲が浮かび、朗らかで昼寝日和な一日だった。
また、いつものように野比のび太は、学校で先生に叱られ、帰りには剛田武と骨川スネ夫にからかわれて、悔しい思いをしていた。
「ドラえも~ん!」
玄関ドアを明け、二階へ駆け上がる。
ふすまを開けて部屋に飛び込めば、そこには青い身体をした親友がいつもいた。
「ほら、あれ出してよ! 前に使った奴! 喧嘩に強くなるあれだよ!」
半泣き状態で、のび太はドラえもんの身体を揺すった。
しかし、親友からは何の反応もなかった。
「どうしたんだよ! ドラえもんまで僕を馬鹿にするのか!?」
責めるのび太。
しかし、それでもドラえもんからは何の反応もない。
いつもなら「勝てない喧嘩ならするな!」などと、反応があるはずだった。
道具を出してくれなくてもよかった。
そうやって、自分のことを受け止めてくれるだけでも、落ち着くことができたのだ。
さすがにおかしいとのび太が異常を感じたのは、ドラえもんに寄りかかったとき、何の抵抗もなく、後ろに倒れたからだった。
「う~ん……」
ドラえもんの異常に気づいたのび太は、数分後になってようやく、ドラえもんの妹ドラミと連絡を取る方法を思いついた。
幸い、タイムテレビは普段から非常時に使うように、と押入に入れてあったのだ。
しかし、テレビ画面の向こうにいるドラミは浮かない顔をしていた。
「どうなの? ドラミちゃん。ドラえもん、ずっとこんな調子で動かないんだよ!」
頼みの綱であるドラミさえ、難しい顔をしているので、のび太の不安は膨らむばかりだった。
「たぶん……電池切れだと思うわ」
難しい顔をしていたドラミが口を開いた。
だが歯切れが悪い。
「なんだ、電池切れか。難しい顔をしているからびっくりしちゃったよ。じゃあ、早く取り換えてよ」
ホッと胸をなで下ろすのび太。
しかし、ドラミから続けられた言葉は残酷だった。
「ところが、そう簡単には行かないの。旧ネコ型ロボットは記憶補助回路を耳に置いているの。だけど、お兄ちゃんは耳をなくしているからバックアップができないの」
のび太には理解不能な単語が並べられた。
目を点にしているのび太を見かねてか、ドラミは率直な言葉を選んだ。
「簡単に言うと、今、電池を換えてしまうと、お兄ちゃんの記憶はなくなってしまうの! のび太さんとの大切な思い出が、みんな消えてしまうのよ!」
「ドラえもんの記憶がなくなる!?」
のび太は髪が逆立たんばかりに驚いた。
「そんな馬鹿な! 電池を入れ換えるだけなんだろ! 入れ換えれば直るんだろ!」
「落ち着いて、のび太さん。話はそう簡単じゃないの。どんなロボットにもエネルギーが必要なの。特に精巧なロボットは重要な記憶だけ残し、他は忘れて、より人間的な……」
「今まで、電池切れなんてなかったじゃないか! どうして急に!」
「電池の許容充電範囲が少なくなったんだと思うの。電池も新しいうちは100%の容量を持っているのだけど、何度も充電を繰り返している内に充電できる範囲が少なくなっていくから……」
どの話ものび太にはチンプンカンプンだった。
「もういいよ、僕が直接未来の工場へ連れて行く」
「のび太さん、ダメ!」
のび太は100キロを越すドラえもんの身体をなんとか抱え上げ、タイムマシンのある引き出しを開けた。
火事場の馬鹿力というのか、時々、のび太はこのような勇気と力を見せることがある。
ところが、今回はこの勇気が裏目に出た。
一瞬、視界に火花が走ったかと思うと、のび太の身体は机から弾き飛ばされたのである。
「ダメなのよ。今、そちらの時代への干渉は禁じられているの」
のび太の目にはまだ火花が散っていた。
身体のあちこちから焦げたような匂いがした。
だが、今はそんな痛みに泣いている場合ではない。
「私も虫の知らせアラームを聞いて飛んできたのだけど、タイムパトロールがこれ以上通してくれないの。話もまるで聞いてくれない。こんなこと初めてだわ!」
しっかり者のドラミが焦る姿は、のび太をますます不安にさせた。
「じゃあ、一体、どうすればいいんだよ!」
半ば自棄気味になるのび太。
しかし、ドラミの顔は浮かないままだ。
「耳をつければ記憶は残るんだろ? ポケットから道具を出して……」
「お兄ちゃんが機能を停止している間、ポケットは使えないわ。それにそんな精密な改造は、私たちの手には追えない」
「だったら、作った人を出してよ! 未来の工場で作られたんだろ?」
状況がどんどん悪くなっていることがのび太にも感じられた。
なんでも聞いてみないことには気がすまない。
「設計者の所在は超機密事項なの。残念ながら、私の記憶にも何重ものプロテクトがかけられているわ……」
絶望がのび太の心を覆い始めていた。
「のび太さん、もしかしたらタイムテレビも回収されるかもしれません。今、考えられる選択肢はふたつあります」
ドラミが冷静さを取り戻していた。
偽りかもしれないが、のび太は落ち着いて話を聞く気持ちにはなった。
「ひとつは未来の工場へ連れて行って電池を入れ換えること。今ならまだタイムパトロールの目をごまかせるかもしれません。お兄ちゃんの記憶はなくなるけど、また一緒に暮らせると思う。もうひとつは、未来の技術に期待してこのまま……」
ドラミの提案に即答できる判断力を、今ののび太は持ち合わせてなかった。
少しだけ時間がほしいと告げて、のび太は一度通信を切った。

もう星が出る時間になっていた。
東京の空にしては、今日は珍しく空気がきれいで、鮮やかに星々の輝きを伝えていた。
階下からママが夕飯の支度ができたと呼びかけて来たが、返事をする気力がのび太にはなかった。
何度か声がしたが、諦めたかのようにママの声は聞こえなくなった。
きっと、喧嘩でもしてすねていると考えたのだろう。
のび太は膝を抱えて、柱にもたれさせて座らせたドラえもんと向き合っていた。
のび太は悲しいとき膝を抱えるポーズを取る。
ドラえもんの目は焦点が合っていなかった。
けれども、のび太は話しかけた。
「ドラえもん、初めて出会ったときのこと覚えている? お正月だったよね。突然、火あぶりになるなんて言うんだもの、驚いたよ……」
のび太は目を細めて当時を懐かしんだ。
小学4年生だった正月のことだ。
「二人でいろんなところに行ったよね。未来、過去、宇宙の果てや魔法の国……何度も命からがら逃げるようなことになってさ。ドラえもんって、しっかりしているけど、いざとなると、てんでダメでさあ……」
返答はない。
けれど、のび太は続ける。
「僕がいじめられたりすると、一緒になって怒ってくれてさ。照れくさくてお礼を言ってなかったけど、本当にうれしかったんだよ」
自然と目頭が熱くなり、涙がこぼれ始めていた。
「本気で取っ組み合いの喧嘩もしたよね? だけど、その数だけ仲直りした。何度ピンチがあっても僕たちは乗り越えてきた。だから、今度もなんとかなるはずだろ? ねえ、そうだろ? だから……だから、なんとか言ってくれよ、ドラえもん……」
最後はもはや声にならなかった。
こんなに心の底から悲しいと思って泣いたのは、おばあちゃんがいなくなったとき以来かもしれない。
また神様は、のび太から大事なものを奪おうとするのだろうか。
一晩、眠れなかった。
一晩泣き通した結果、のび太は決断をした。
のび太はドラミにその決断を伝えた。
ドラミはその決断に賛成してくれた。
そして一言「いつかまたあなたと会える気がするの」と告げたとき、タイムテレビが消えた。
おそらくタイムパトロールの手が回ったのだろう。
のび太は立ち上がった。
そのときはまだ、のび太の決断が人類の未来を変えるとは、誰にもわからなかった。

その2へと続く

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